石川県の城
「鳥越城」
2026年5月に攻めました。
小松駅または鶴来駅からバスです。鈴木氏の城で、加賀一向一揆の拠点でしたが、信長の
軍勢により落城しました。
麓に説明板があり、登っていくと、途中にも、石碑と説明板があります。さらには、登り
きった駐車場にも説明板がありました。
あやめが池、その先にある後3の丸北側の堀を見ます。後3の丸にも登ってみました。
次に、後2の丸と後3の丸間の堀を見てから、一番の見所、復元桝形門(写真)に到着
しました。石垣も復元してあるようですが、一部、能登地震のためなのか崩れていました。
枡形に入り、本丸門跡を見学します。本丸門も復元されていたそうですが、撤去されて
しまいました。
本丸に入ると、低いですが、土塁に囲まれています。北側は、堀を隔てて後2の丸です。
景色も良かったです。
本丸内には、建物跡、礎石、井戸、望楼台があり、望楼台に登るとそこにも建物跡があり
ました。続いて、本丸と後2の丸間にある堀、そして後2の丸も見学します。
戻って、中の丸へ進みます。中の丸西側には中の門が復元されています。さらに二の丸へ。
二の丸には、2ヶ所隅櫓跡の土壇があります。
ここからは未整備部分です。2の丸3の丸間は土橋が架かり堀切になっています。3の丸
をみてから、3の丸南側の堀切も見学。やはり土橋が架かっています。
最後に、一向一揆歴史館にて、続日本100名城スタンプを押し、映像(3種類もあり)、
出土物などをみて、城の歴史について理解が深まりました。
「二曲城」
2026年5月に攻めました。
「ふとげ」と読みます。鳥越城と同じで加賀一向一揆の拠点でした。小松駅または鶴来駅
からバスです。
登山口に説明板があります。登っていくと、まず堤跡があります。その左手を登りました
が、それが実は竪堀です。
登って、左手が3の郭、右手が2の郭で、2の郭虎口はよく残っています。さらに急坂を
登っていき、1の郭(写真)に着きました。
1の郭には、説明板、建物跡、井戸、櫓跡、カマド跡、溜枡跡などがありました。そこ
から、ジグザクな道を下ると4の郭(倉跡)です。草がぼうぼうで、わかりにくいですが、
石垣があります。そこからは、最初の堤跡まで戻ってこられました。
「金沢城」
金沢駅からバスです。元々、金沢御堂があった場所に、はじめ、佐久間氏が入りましたが
前田利家以降は前田家が江戸時代を通じて14代続きました。現在は、金沢城公園として
整備されています。
1回目は、2007年10月に訪れました。
兼六園の向かいにあります。石川門、「切り込みハギ」と「打ち込みハギ」が混じった石垣、
三十間長屋など見所はいっぱいありました。
菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓が2001年に復元され、内部を見学出来ました。
2回目は、2026年5月に攻めました。
今回は、尾山神社から攻めました。神門をみて、参拝し、利家公銅像もありました。現地
で知ったのですが、金沢城2の丸御殿の門と伝わる東神門もあります。
ここから、橋を渡ると鼠多門があります。今回、初めて見られました。そして、玉泉院丸
庭園を見学。有名な色紙短冊石垣があります。
その後、本丸二の丸間の堀切(極楽橋)、三十間長屋、戌亥櫓石垣、橋爪門と続櫓、五十
間長屋、菱櫓(写真)と見ていきます。1回目に来た時点では、橋爪門も半分しか完成
していなかったようで、今回、全容を見られました。
河北門も、前回時点で工事中でしたが、完成していました。大手門、大手堀、黒門とみて
回りました。戻ってきて、石川門、鶴丸倉庫、古くからある「東の丸北面石垣」などを
みました。そして石川門そばの案内所で、日本100名城スタンプを押しました。
ここで、各建物の内部に入れる時間になりました。まず、有料の五十間長屋などに入って
みました。石落とし、映像、絵図、ジオラマなどがありました。次に、無料の鼠多門、
河北門の中にも入りました。
そして、重要文化財の3つの建物(三十間長屋、鶴丸倉庫、石川門と櫓)も特別公開して
いたので入れました。特に、三十間長屋の2階の梁がデカくて良かったです。
(現在、二の丸御殿を復元中で、第1期(表向)が2033年完成のようです)
「堅田城」
2026年5月に攻めました。
森本駅から徒歩で行きました。伝説では、木曽義仲がいたことがあるそうで、また、一向
一揆の拠点であった可能性もあります。
登り口は墓地のところで、手前の橋の所に説明板がありました。登っていって、3郭の
手前で右に折れ、周回路を反時計回りに回りました。
南尾根の堀切をみて、さらに、南東尾根の堀切を見ます。南東尾根を少し下がると土橋付
堀切もありました。4郭に上がれるので先に見てみました。
周回路に戻ってきて、北尾根に向かいます。北尾根の堀切(写真)は2つとも素晴らしい
です。1つ目は深さ5メートル、2つ目は深さ4メートルでした。
それから、北側の畝状竪堀群をみました。2郭に登れる道があったので登りました。主郭
に進むと、そこには、説明板、土壇があり、見晴らしも良好でした。
2郭経由で3郭へ降りてきて、最後に、東側の畝状竪堀群をみて散策を終えました。
思っていたより、遺構の残りが良く、おすすめできる城でした。
「小松城」
2026年5月に攻めました。
小松駅から徒歩でしたが、本数は少ないながらも、近くまでバスがあります。丹羽氏の城
だったりしましたが、前田利常が城主の時、大改修したそうです。3の丸は芦城公園、
本丸は小松高校ですが、御三階櫓台の石垣(写真)は高校に入らなくても見られます。
駅から歩いていくと、まず、3の丸の芦城公園があり、3の丸の碑が建ちます。また、
城主の前田利常公の像もあります。
次に、本丸の櫓台に向かいます。途中には本丸跡の碑があり、櫓台の南東、南西には
2つの説明板があります。石垣は1630年代に作られたので、切り込み接であり、
赤などカラフルな石も使われています。北西隅から櫓台の上にも登れます。
帰ってきてから、櫓台から西に20メートルくらい行くと「内堀石垣」があったことを
知りました。さらに、稚松小学校などにいくつかの移築門も残っているそうです。
「七尾城」
2016年5月に行きました。七尾駅からバスですが、朝早かったので
徒歩で行きました。大手道を登り、時鐘跡、番所跡、安寧寺跡を通り、広い
三の丸へ。二の丸との間の堀は深いです。温井屋敷には石垣が、そして
桜馬場の九尺石はでかい!
遊佐屋敷にも石垣、そしてついに本丸へ。外桝形の高い石垣の裏側は土塁。
本丸には神社と石碑があり、海の見える眺めは最高です。
そこから、調度丸に下りる途中、本丸三段石垣、桜馬場の五段石垣(写真)
があり、素晴らしさに圧倒されます。
帰りは、寺屋敷の塚をみて、元の大手道で七尾城史資料館まで下りました。
往復2時間半でした。資料館では刀などを展示、となりの懐古館もさらっと
見学しました。(各200円)
「小丸山城」
2016年5月に行きました。七尾駅から徒歩です。城址公園になっており
前田利家が七尾城から移って来て、金沢城に移るまでの居城でした。
本丸には高まりが2つあり、櫓台といわれています。他に、天性丸、宮丸の跡
が残っていて、本丸と天性丸の間の堀は深いです。
利家とまつの像は、昔は本丸にあったようですが、移設されたようで麓の駐車場
近くにありました。
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