鳥取県の城



        「若桜鬼ヶ城」

        若桜鉄道の若桜駅からは登城口まですぐです。矢部氏によって築かれ、秀吉の頃は木下氏
        が入っていたそうです。
        駅前の観光案内所で、続100名城スタンプを押し、パンフレットをもらいます。登城口
        は八幡広場で、説明板があります。登りは結構長いです。
        途中、古城の堀切が見えました。3の丸枡形虎口に到着します。この城は破城されている
        ので、崩れた石垣がたくさん落ちています。
        3の丸を見てから、2の丸虎口へ。2の丸には、石碑、説明板などあります。

若桜鬼ヶ城
本丸石垣をみてから、本丸枡形を通り、本丸へ入りました。南東に天守台石垣が残ります。 説明板もあります。景色も良く、街道が分かれている所が見えます。交通の要衝だった そうです。 ホウヅキ段の石垣をみてから、少し離れたところにある六角石垣に向け下ります。この あたりの石垣は高さが約5メートルと高いです。六角石垣(写真)は、下から写真を撮ると カッコよく、一番の見どころだと思います。 この城は、比高250メートル、登ってから降りるまで2時間かかったので結構大変です が、石垣が素晴らしい城でした。
「太閤ヶ平」 「たいこうがなる」と読み、秀吉が、鳥取城攻めで築いた本陣です。歴史博物館の所から 約1時間かけて登りました。道は、ほぼ舗装路で楽でした。単郭で、周りを堀と土塁が 囲みます。 説明板がある所を入っていきます。東側の堀(写真)の途中に、東の虎口と土橋があり、 郭の中に入れます。虎口にも説明板がありました。
太閤ヶ平
土塁は、内側からでも3、4メートルの高さがあります。南西の櫓台に石碑がありました。 虎口と土橋は南側にもあります。また、南東の辺りの郭が出っ張っています。 最後に、堀をぐるりと一周回って散策を終えました。
「羽柴秀長陣」 鳥取城攻めの際に、秀吉の弟・羽柴秀長がいた陣です。 太閤ヶ平から鳥取城に向かう途中に、2重堀による大防衛ラインがあります。道の左側 注意深く探しながら行くと凹みがありました。 その大防衛ラインと道を挟んで、右手には竪堀(写真)が登っていきます。これを登って いくと羽柴秀長陣の東端に着くことが出来ます。
羽柴秀長陣
東西に細長い陣で、西側が中心のようです。そこには北側にうっすらと土塁があり、また、 西側一段下にうっすら空堀もありました。北に伸びる竪堀は見つけられなかったですが、 ここに秀長、藤堂高虎がいたのだなーと感慨深くなりました。
「鳥取城」 山名氏の城でしたが、吉川氏が入り、秀吉が周りを囲って兵糧攻めしました。山上の丸、 山下の丸から成ります。山下の丸までは、鳥取駅からバスです。山下の丸から山上の丸 までは徒歩約1時間ですが、結構岩場もあり大変だと思います。また、羽柴秀長陣から 山上の丸までは約40分でした。 羽柴秀長陣から登ったので、まず、東坂の上城門を通りました。2の丸・3の丸の南側を 通り、説明板がある所に出ました。 本丸2の丸間の階段を上がっていくと、両側に本丸と2の丸の石垣が見られます。先に、 2の丸、そして3の丸を見学。次に、本丸も見学。本丸には、車井戸、天守台があり、 天守台の上からは海がみえました。天守台が一部崩れていますが、鳥取地震の時に崩れた ようです。出丸にも行きたかったの1ですが通行禁止でした。
鳥取城
山上の丸を見終わり、山麓に下ります。まずは天球丸へ。虎口、説明板、三階櫓と武具櫓 礎石を見ました。次に、天球丸の一段下へ。珍しいので一番の見所かもしれない天球丸 巻石垣(写真)、さらに周りの高石垣が見られました。 次に、表御門跡を通って2の丸へ。菱櫓跡、三階櫓跡、登り石垣を見ます。2の丸下の 石垣も高いです。 それから、太鼓門跡石垣、復元された「中の御門」(渡櫓門、表門)、擬宝珠橋、水堀と 見ていきました。 仁風閣は残念ながら工事中です。鳥取城跡仁風閣展示館で100名城スタンプを押すと ともに、城の映像を見ました。また、復元の西坂下御門(中仕切門)も見られました。 最後に、県立博物館、そして、鳥取市歴史博物館をハシゴしました。県立博物館には、 絵図、3の丸御殿の図、ジオラマなどがありました。一方、歴史博物館には、ジオラマ、 鳥取城攻めに関する書簡や映像などがありました。

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